高市首相のインテリジェンス機能強化

衆院選で自民党が歴史的大勝を収めたことで、高市早苗総理は政権基盤の強化に成功し、総理が意欲を示す政策を推進する大きな力を得ました。「インテリジェンス機能の強化」もその一つです。

高市総理はインテリジェンスの強化が持論で、国家情報局の設置を総裁選公約に掲げていました。日本維新の会も推進の立場で、自民党と維新が2025年10月20日に結んだ連立政権合意書にも創設方針が盛り込まれています。

連立政権合意書の中の「インテリジェンス政策」の要点は次のとおりです。

●2026年通常国会において、内閣情報調査室および内閣情報官を格上げし、「国家情報局」および「国家情報局長」を創設する。

●2027年度末までに独立した対外情報庁(仮称)を創設する。

●インテリジェンス・スパイ防止関連法制(基本法、外国代理人登録法およびロビー活動公開法など)について速やかに検討を開始し、速やかに法案を策定し成立させる。

自民党は2025年10月30日、「インテリジェンス戦略本部」を新設しました。党インテリジェンス戦略本部(本部長・小林鷹之政務調査会長)は11月14日に初会合を開催しました。

小林政務調査会長はまず、「国益を守り、国家の安全を確保するためにはインテリジェンスに関する国家機能の強化が急務」と語りました。

その上で、「この本部では司令塔機能の強化、対外情報収集能力の抜本的強化、そして外国からの干渉を防ぎ、国内の安全を確保する体制の構築という3つを、中期的なビジョンを持って議論していく」と、国民の命を守るためのインテリジェンス機能強化に向けた議論を行う同本部の意義を強調しました。

我が国の戦前の情報活動には非合法の情報収集(諜報)や秘密工作(謀略)が含まれていました。戦後の情報活動では合法的な情報収集しか認められていません。

過去にも、インテリジェンス機能強化の動きがあったことがあります。

例えば、1985年に「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(略称:スパイ防止法案)が衆議院に提出されたが廃案となりました。

また、2005年に外務省が設置した「対外情報機能強化に関する懇談会」は、政府に対して英国のMI6(正式名称はSecret Intelligence Service:秘密情報機関)のような対外情報活動機関の創設を提言しましたが、日の目を見ることはありませんでした。

そして今、我が国が長い間見て見ぬふりをしてきたインテリジェンス機能強化にやっと取り組むことになったことは、長年日本の安全保障にかかわってきた者として喜ばしいことです。

私は戦後早い時期に、我が国に英国のMI5のような防諜機関やMI6のような対外情報機関が整備されており、かつスパイ防止法が制定されていたならば、オウム・サリン事件や北朝鮮の拉致事件が起きていなかったのではないかと思っています。

「インテリジェンス機能の強化」の課題と考えるのは以下の6点だと思います。

①インテリジェンスの定義

②スパイ防止法の制定

③犯罪捜査のための通信傍受要件の緩和

④英国のMI5のような専門の防諜組織の創設

⑤英国のMI6のような専門の対外情報機関の創設

⑥インテリジェンス機関の活動を監視するシステムの構築

また、最近のスパイ活動は、コンピューターネットワークを利用したサイバー攻撃による情報窃取へと拡大しています。

つまりサイバースパイ活動です。伝統的なスパイ活動への対処とともにサイバースパイ活動への対処も喫緊の課題です。

同様に、国家または社会の重要な基盤を機能不全に陥れるサイバーテロへの対処も喫緊の課題です。

インテリジェンスの定義

(1)全般

軍事評論家の故・江畑謙介氏は、その著書『情報と国家』の中で、次のように述べていました。

「誰でも情報は大切だというのだが、多くの場合“インフォメーション”と“インテリジェンス”とを混同している」

「これは、これらの英語に対する適訳を見出せていない日本語の貧弱さに理由の一端があると同時に、その日本語を使用している日本人の文化において、情報の大切さが本当に理解されていない証左であろう」

江畑氏の指摘にも一理あると思いますが、私は日本人が情報の大切さを理解していない、あるいは日本語の貧弱さよりも別の理由が重要だと思っています。

今日の我々日本人が、戦前使用していた的確な日本語(諜報・防諜・謀略など)を意識的に排除しているか、あるいはそれらを知らないためではないかということです。

(2)日本政府の定義

かつて、当時は衆議院議員だった鈴木宗男氏(現参議院議員)が、インテリジェンスの定義について国会質問したことがありました。

政府は、「インテリジェンスとは、一般に、知能、理知、英知、知性、理解力、情報、知的に加工・集約された情報等を意味するものと承知している」と回答しました(出典:政府答弁書2006年3月28日)。

(3)米国政府の定義

インテリジェンスは、合衆国法典第50編第3003条(50 U.S. Code § 300)において次のように定義されています。

①「インテリジェンス」には、外国のインテリジェンスおよびカウンターインテリジェンスが含まれる。

(The term “intelligence” includes foreign intelligence and counterintelligence.)

②「外国のインテリジェンス」とは、外国政府もしくはその機関、外国組織もしくは外国勢力、または国際テロ活動の能力、意図若しくは活動に関する情報をいう。

(The term “foreign intelligence” means information relating to the capabilities, intentions, or activities of foreign governments or elements thereof, foreign organizations, or foreign persons, or international terrorist activities.)

③「カウンターインテリジェンス」とは、外国政府もしくはその機関、外国組織もしくは外国勢力、または国際テロリスト活動によってか、あるいはそれらに代わって実行されるスパイ活動、その他の諜報活動、破壊工作、または暗殺から「被防護体を(筆者挿入)」防護するために収集された情報および実施された活動をいう。

(The term “counterintelligence” means information gathered, and activities conducted, to protect against espionage, other intelligence activities, sabotage, or assassinations conducted by or on behalf of foreign governments or elements thereof, foreign organizations, or foreign persons, or international terrorist activities.)

(4)私が思う定義

米中央情報局(CIA)が作成し、1994年に米国のダイアン出版社が出版した「消費者のためのインテリジェンスガイド:A Consumer’s Guide to Intelligence」には次のように定義されています。

簡潔に言えば、インテリジェンスとは、私たちを取り巻く世界に関する知識と予見であり、米国の政策立案者による意思決定と行動の前提となるものである。

(Reduced to its simplest terms, intelligence is knowledge and foreknowledge of the world around us-the prelude to decision and action by US policymakers.)

これを参考にすればインテリジェンスとは、「相手国(または相手)に関する知識と予見であり、政策立案者の意志決定と行動の前提となるものである」と定義できるのではないかと思います。

スパイ防止法の制定

(1)全般

高市総理は首相就任前の2025年5月20日に、「スパイ防止法がないために、反スパイ法で拘束された邦人が中国にいても、スパイの交換という手段が使えない」と法整備の必要性を強調しました。

つまり高市総理は、スパイ防止法を制定することで、国際的な常識に基づいた防諜体制を整備し、必要に応じて「スパイ交換」という外交的選択肢も持てるようにすべきであるという立場です。

(2)秘密保全体制の強化

スパイ対策には2通りの方策があります。

一つは、一般に秘密保全といわれる予防措置である。予防措置には標的(人的、物的)の防護強化や外国情報機関員等の合法的な諜報活動の監視などがあります。

もう一つは、外国情報機関員等、いわゆるスパイの非合法の諜報活動を探知し、スパイを逮捕する制圧行為です。この制圧行為の法的根拠となるのがスパイ防止法です。

我が国では近年、スパイ対策の一環として秘密保全体制の強化が図られてきました。

2001年10月29日に成立した改正自衛隊法により防衛上、特に秘匿を必要とする秘密を漏洩した場合の罰則が強化される等の措置が講ぜられました。

また、2007年8月9日に策定された「カウンターインテリジェンス機能の強化に関する基本方針」に基づき、「政府機関の情報セキュリティ対策のための統一基準」や「秘密取扱者適格性確認制度」などが政府機関において統一的に運用されています。

さらに2013年12月6日、機密情報を漏らした公務員らへの罰則強化(10年以下の懲役=現拘禁刑)と適正評価の制度を定めた特定秘密保護法が成立しました。

この特定秘密保護法の成立により、秘密取扱者適格性確認制度の法制化と機密漏洩の罰則強化が実現し、我が国の秘密保全体制は以前に比べて格段に強化されました。

上記の「防衛秘密」も「特定秘密保護法」が成立したことによって、「特定秘密」に移行しました。

以上の対策は、いずれも予防措置にしかすぎません。逆に言えば、我が国では戦後から今日に至るまで制圧行為の強化がほとんど図られてこなかったと言えます。このため、我が国には他国のようにスパイを直接取り締まる法律がなく、司法当局は他国と比べ、厳しい対応を迫られているのが現実です。

(3)スパイ防止法の必要性

外交、防衛および経済等の重要政策に関する情報の漏洩は国家の安全保障や経済的利益等に損害を与えることになります。

また、最先端技術等の企業秘密の漏洩は相手国の軍事戦闘能力を短期間で増強するとともに相手国の経済的競争力を強化し、ひいては自国の国防力と経済力の相対的弱体化を招くことになります。

前述しましたが、外国情報機関員等、いわゆるスパイの非合法の諜報活動を探知し、スパイを逮捕する制圧行為の法的根拠となるのがスパイ防止法です。

さらに、スパイ防止法の必要性は上記の実質的な利害のほかに以下のような様々な側面があります。

1つ目は、スパイ防止法の制定は世界の常識である現実です。スパイ活動を防止するための法的手段を整備することは国際社会の常識です。

2つ目は、スパイ行為に対する抑止力です。外国から日本は「スパイ天国」であると侮られるようでは、スパイをのさばらせることになります。これは主権国家の威信にかかわる問題です。

3つ目は、諸外国からの信頼の獲得です。軍事情報の交換や国際共同開発・生産が進展する中で、諸外国の信頼を得るためには現行の分かりにくい個別法での対処でなく、包括的なスパイ防止法が不可欠となります。

スパイは多くの場合、隠密に行動します。時には地下にもぐり活動します。

このように隠密に行動するスパイを探知する手段には、一般に次のようなものが挙げられます。

①隠密の人的情報源(協力者や情報提供者)

②指定監視(尾行や監視)

③通信傍受(電気通信による通話の傍受、手紙や電子メールの開封)

④侵害的な監視(家または車の中での盗聴)

近年のインターネットの普及により通信手段として電子メールが使われるようになったのに伴い、通信傍受がスパイを探知する重要な手段となってきました。

通信傍受とは、電気通信の伝送路の途中に装置を取り付け、会話を傍受することです。

我が国では、2000年に「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」が施行されました。この法律は、我が国において犯罪捜査のための通信の傍受を合法として認めた最初の法律です。

この法律は通信傍受の対象となる犯罪を限定し、さらに、「犯罪が行われたと疑うに足りる十分な理由」がなければ通信傍受は許可されません。

しかしこれでは、現実に隠密に行動するスパイに対応することは到底できません。

通信傍受には司法的傍受と行政的傍受があります。我が国の「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」に基づく通信傍受は司法的傍受です。

元内閣情報調査室長の大森義夫氏は、その著書『日本のインテリジェンス』の中で、次のように述べています。

「行政的傍受は日本では認められていない。しかし、この制度のない先進諸国は存在しない」

「内務大臣または司法大臣、ニュージーランドなどでは総理大臣の書面による許可状によってインテリジェンス機関が実施する。傍受の対象はインテリジェンスの対象である」

「例をあげれば、冷戦時代のソ連大使館の館員やソ連政府の指示で動いている自国民は傍受の対象である」

司法的傍受にしろ行政的傍受にしろ、通信傍受は、日本国憲法第21条で保障された「通信の秘密」やプライバシーの権利を侵害する恐れがあるため、その実施には厳格な法制化が必要となります。

早急に行政的傍受を法制化し、国内で暗躍するスパイやテロリストを取り締まらなければなりません。

英国のMI5のような防諜機関の創設

(1)全般

防諜とは、敵国やテロ組織などによる情報収集、妨害、攬乱、破壊行為を阻止・破砕し、もって国策、政治、行政の円滑なる遂行を期するための活動です。

今日の我が国の防諜活動は、警察庁(公安警察)、公安調査庁などが連携し、スパイやテロリストの摘発を行っています。

防諜活動に限らず、インテリジェンス活動には、一般的な犯罪捜査とは異なる高度な専門知識と特殊技能が必要とされています。また、それらの活動を合法化するための法制化が必要です。

(2)オウム・サリン事件における防諜活動

1995年3月20日、「世界で初めて発生した大規模な化学兵器による無差別テロ」と呼ばれる地下鉄サリン事件が発生しました。地下鉄サリン事件と松本サリン事件の死者数は併せて22人です。

オウム真理教は、山梨県上九一色村にサリンを大量製造するための大規模な施設を設けて、研究・開発および製造を行っていました。

また、1993年12月には、東京を中心にサリン等を散布する準備としてロシアからヘリコプターを購入するなど、大規模な武装化を進めていました。

このように、オウム真理教は国家を転覆させるテロを起こそうとしていたのです。

なぜ、警察はこのような国家の危機に関わる重大な兆候を察知できなかったのか、これには明確な理由があります。それは警察が、オウム真理教に関する秘密情報を入手することができなかったからに他なりません。

秘密情報を入手する有効な方法は通信傍受です。当時は司法的通信傍受を含めて通信傍受が合法化されていませんでした。

また当時、仮に日本に防諜機関が存在しており、ロシアにおいて諜報活動を行っていれば、オウム真理教がロシアから自動小銃(AK-74)やヘリコプター(Mi-17)を入手したという重要な情報を入手できていたかもしれません。

いずれにしても、当時の状況では、警察がオウム真理教の危険な兆候を察知できなかったことも致し方ないかもしれません。

(3)防諜機関の創設

残念ながら、オウム・サリン事件の教訓は生かされず、現在も防諜組織は整備されていないのが現実です。

一つの例として日本は海洋国家・立憲君主国・米国の同盟国であるなど類似点の多い英国のMI5(正式名称はSecurity Service:保安局)のような防諜組織を創設すべきです。これを基本に日本の持つ緻密性等を織り込み独自体制を作るべきです。

(1)全般

国家の外交政策、防衛政策等の立案・遂行の前提条件は相手国の国情を知ることです。すなわち、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」ということに尽きます。

このため、各国は相手国に外交官、駐在武官および通商派遣団を派遣し情報収集に当たらせています。

彼らは、相手国政府代表との公然の接触や、新聞、出版物、見本市等から任国の政治・経済・軍事・技術情報を探知し、それらを本国に報告しています。

また、外国の情報機関は、情報機関員を外交官あるいは通商使節団の一員として相手国に送り込み、隠密な諜報活動により情報を収集しようとしています。

また、極少数の情報機関員は、偽名や偽国籍を使い、地下に深く姿を隠し活動しています。

前者が合法的な情報収集活動であり、後者が非合法の情報収集活動であり、スパイ活動(エスピオナージ:Espionage)とも呼ばれています。

(2)なぜスパイ活動が必要なのか

情報収集は、次の3つの異なるレベルで行われるのが一般的です。ウクライナ侵攻前のロシア軍に関するウクライナ等の情報収集を例に述べます。

①現状:相手は何をしているのか:軍事演習を目的として、千数百両の戦車がウクライナ国境に集結している。

②可能性:相手は何ができるのか:ウクライナ全域にもドンバス地域にも軍事侵攻できる。

③意図:相手は何をしようとしているのか:偵察衛星では、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の心を読むことはできない。

①は偵察衛星で把握することができます。②は兵器に関する知識とロシア軍の戦略・戦術に関する知識があれば回答できます。③の相手の心(意図や計画)を読むにはスパイ活動が必要となります。

スパイ活動の一例として、「ゾルゲ諜報」について述べてみます。

ソ連赤軍第4本部に直属していたリヒャルト・ゾルゲは、ナチス党員の肩書きとともにドイツの新聞記者を装って来日し、東京の駐日ドイツ大使館などで諜報活動を行っていました。

独ソ戦勃発の翌日の1941年6月23日、ゾルゲに対し「ドイツの対ソビエト戦争に関して、日本政府の立場についての情報を報告せよ」との緊急指令が発せられました。

ゾルゲは、緊急指令を受けてから3か月の諜報活動の結果、同年9月14日、「日本の対ソ攻撃は問題外」という電報を送りました。

ソ連は、極東に配備していたソ連軍20個師団を9月中に極東からモスクワ移動しました。この極東軍の対ドイツ線への移動は、ソビエト軍に独ソ戦での勝利をもたらす大きな要因になったといわれています。

日本の防諜組織がゾルゲを逮捕したのは電報発信から約1か月後(10月18日)でした。

ゾルゲはどのようにして国家最高機密に関する情報を入手していたかという事になります。

ゾルゲは、在日ドイツ大使およびゾルゲ諜報グループの成員であった尾崎秀実から御前会議の決議事項に関する情報を得ていたのです。

特に、上記電報の判断の基となる情報(インテリジェンス)を、尾崎は近衛文麿首相の側近の西園寺公一から聞き出したとされています。

(3)北朝鮮による日本人拉致事件と対外情報収集

1978年7月から8月にかけて福井、新潟、鹿児島の3県で若い男女が相次いで失踪しました。

その直後、同年8月に富山県で起きた男女のカップルが連れ去られかけながら未遂に終わった事件を警察が捜査したところ、特殊な犯行の手口や外国製(朝鮮半島製)とみられる猿ぐつわなどの遺留品が出てきたことから、北朝鮮による関与の疑いが浮上しました。

現在も日本政府が拉致被害者として認定している17人が、いまだ帰国することができず北朝鮮に残されたままです。

日本各地で相次いだ失踪事件について、外事警察(警視庁公安部外事課や各都道府県警察外事課など)は、北朝鮮がなぜ日本人を拉致するのか、その真の目的が分からなかったため、北朝鮮による組織的な拉致だという確信が持てず捜査は難航しました。

そして日本の警察がこれまでの拉致を北朝鮮によるものと判断するようになったのは、1987年11月29日に大韓航空機爆破事件が発生し、実行犯の一人である金賢姫(キム・ヒョンヒ)の証言を得てからのことでした。

当時、日本が少なくとも南北朝鮮などにスパイ網を構築していれば、日本人拉致という北朝鮮の国家犯罪を察知することができたかもしれません。

しかしこんな例もあります。第2次世界大戦中、在スペイン日本大使館は、スペイン人のスパイ組織を運用していたのです。

そのスパイ組織は、日本のために米国本土でスパイ活動を実施して多くの機密情報を日本大使館にもたらしました。

(出典:NHK特集 私は日本のスパイだった ~秘密諜報員ベラスコ~) 

この事例は、対外諜報活動は、日本人のスパイが当該国に潜入する必要がないことを示しています。

(4)対外情報活動機関の創設

前述した2005年の「対外情報機能強化に関する懇談会」の提言では、政府に対して英国のMI6のような対外情報機関の創設を提言しています。

日本も、北朝鮮による日本人拉致事件の教訓を生かして、対外情報機関の創設を真剣に検討すべきです。

インテリジェンス機関の活動を監視するシステムの構築

(1)インテリジェンスは毒である

元内閣情報調査室長の大森義夫氏は、その著書『日本のインテリジェンス機関』の中で、次のように述べています。

「インテリジェンスは毒である。(中略)しかし、これは社会の安全を守るために必要な『毒』である。それを容認する以上、『毒』を用いるには高度のエキスパティーズ(専門技能)が必要である」

「毒は一匙でなくてはならない。『毒』を解毒する社会的装置を備えなくてはならない。民主主義の枠内に毒を使いこなすシステムを構築する工夫が必要である」

 以下に述べる英国のインテリジェンス機関に対する監視システムは、民主主義の枠内で「毒」を使いこなすシステムだと思います。

(2)英国のインテリジェンス機関に対する監視システム

英国においては、インテリジェンス機関の活動に対し、閣僚による監視、議会による監視、および司法による監視という多層的な監視構造が制度化されています。

ア.閣僚による監視

1996年に制定された改正1989年セキュリティ・サービス法(Security Service Act 1989)によってMI5は、国務大臣、実際にはMI5のために国会で答弁する内務大臣の権限の下に置かれています。

また、本法は、MI5がいかなる政党の利益のためにも行動しないことを確実にするための長官の責任を定めています。

また、法的根拠はありませんが、MI5をはじめとするインテリジェンス機関の活動を常時チェックするために、内閣に「インテリジェンスに関する閣僚委員会」(Ministerial Committee on the Intelligence Services:CSI)が設置されています。

メンバーは首相(議長)、副首相、内務大臣、外務大臣、国防大臣、および財務大臣です。

同様に、これら閣僚を補佐するとともに、インテリジェンス機関の支出と活動を監視するために、インテリジェンス担当事務次官を議長とする「インテリジェンスに関する事務次官委員会」(Permanent Secretaries’ Committee on the Intelligence Services:PSIS)が設置されています。

イ.議会よる監視

3機関(注1)に対する議会による監視は、1994年インテリジェンスサービス法(Intelligence Services Act 1994)で創設されたインテリジェンス保安委員会(ISC:Intelligence and Security Committee)が行います。

同委員会は、首相によって指名される超党派の9人の議員で構成されます。同委員会に付託された権限は、3機関の支出、管理、および政策を調査することです。

しかし、1994年インテリジェンスサービス法(Intelligence Services Act 1994)(以下「旧法」)のインテリジェンス保安委員会(ISC)は、委員会活動の独立性には懸念がありました。

そこで、2013 年司法・保安法(Justice and Security Act 2013)(以下「新法」)により、インテリジェンス保安委員会(ISC)を改組して議会の委員会とし、その法律上の監視対象を①3機関以外の政府機関によるインテリジェンス関係活動および②重要な国益に関するインテリジェンス機関の過去の作戦活動に拡大しました。

新法では旧法と異なり、インテリジェンス機関の長は、大臣が拒まない限り委員会の求めに応じ情報を提供する義務を負います。

また、その委員は、旧法では首相が野党第1党の党首と協議後に任命しましたが、新法では当該協議後に首相の指名により各議院が任命することとなりました。

(注1)英国インテリジェンス機関の中枢であるMI5、MI6および政府通信本部(GCHQ)は、「The Agencies」(インテリジェンス3機関)と称されています。

ウ.司法による監視

以前の司法による監視は、2000年調査権限規制法(Regulation of Investigatory Powers Act 2000)に基づき任命された「情報サービスコミッショナー」(Commissioner for the Intelligence Services)、「通信傍受コミッショナー」(Commissioner for Interception)の2人のコミッショナー、および調査権限審判所によって行われていました。

現在は、2016年調査権限法(Investigatory Powers Act)に基づき、捜査権限コミッショナーオフィス(Investigatory Powers Commissioner’s Office:IPCO)と調査権限審判所(Investigatory Powers Tribunal)によって行われています。

(ア)捜査権限コミッショナーオフィス

捜査権限コミッショナーオフィスは、MI5および他の組織による捜査権限の行使を監督する独立した機関です。

同オフィスに、調査権限コミッショナー(Investigatory Powers Commissioner:IPC)と司法コミッショナー(Judicial Commissioners)が配置されています。

同オフィスは、両コミッショナーの職務をサポートし、監査や令状審査を実務的に行う組織です。

●調査権限コミッショナーは、首相によって任命されています。

コミッショナーの任務は、法執行機関や情報機関による通信傍受、データ取得、機器干渉などの捜査権限が、合法的、必要かつ比例的に使用されているか監視・監督します。

●司法コミッショナーは、首相によって任命されています。

コミッショナーの任務は、重大な捜査手法が適法かつ必要最小限であることを審査し、人権を守る役割を担っています。

(イ)調査権限審判所

調査権限審判所は、3機関が行った行為または通信の傍受に関する個人からの訴えを調査するために2000年調査権限規制法に基づき創設されました。

調査権限審判所は、1998年の人権法に基づく訴えを調査し、訴訟を審問します。

2006年には、2006年テロ法(Terrorism Act)の施行などに伴い、審判所が扱う対象や、情報機関に認められる調査権限の範囲がさらに具体化・強化されました。

インテリジェンスは、「国家生存の営み」の最も重要な柱の一つと言われています。

諸外国は、インテリジェンスの有用性を認め、インテリジェンス機関を国家の行政機能の一つとして保持しています。

そして、国内外におけるインテリジェンス活動を公然・非公然に行っていることは世界の常識です。しかし我が国ではいまだ真の意味のインテリジェンス機関が創設されていません。真の意味のインテリジェンス機関とは、非合法のスパイ活動や秘密工作を行う機関です。

その理由の一つは、戦前の防諜機関であった憲兵、特別高等警察(いわゆる特高)の暗いイメージを想起させることなどが考えられます。

もう一つは、平和憲法の理念から、相手国の法に触れかねない対外諜報活動は相手国との軋轢を生じることが懸念され、インテリジェンス機関の創設は論外とされてきたことなどが考えられます。早急に「普通の国への脱却」を図らなければならないと思います。

そして今回述べたことは、あくまで諜報機関としての組織体制です。こうした組織背景の下で非合法のスパイ活動や秘密工作を行う事になります。