「地面師事件」をモチーフしたドラマ『地面師たち』(Netflixシリーズ)は実際の事件

ドラマのモチーフになっているのが、大手住宅メーカー「積水ハウス」が地面師に55億円もの大金を騙し取られた事件です。これを機に、それまで世間一般には馴染みがなかった「地面師」という存在が注目を集めるようになりました。

 積水ハウス地面師事件で、ドラマの「時価100億円相当の土地」に当てはまるのは、老舗旅館「海喜館」の跡地です。東京・JR五反田駅にほど近い約600坪の一等地でした。

 地面師グループで、なにより重要な役回りは、地主の「なりすまし役」です。海喜館の女将、海老澤佐妃子(享年72)のなりすまし役となったのは、羽毛田正美という60代半ばの生保レディでした。

 なぜ、羽毛田は生保レディから「地面師の女」へと変貌を遂げたのかを分析してみるとドラマ以上にドラマチックな物語が垣間見えます。

その検察での供述調書を見ると

〈今回の事件に関わった最初のきっかけは、当時、私が働いていた明治安田生命の同僚である武井美幸さん(のちに逮捕)からの話があったことでした。平成28年(2016年)12月末頃から平成29年1月の初めの頃のことだったと思います〉

〈武井さんは、金野さん(のちに逮捕される秋葉紘子の偽名)が「70歳くらいの女性を探しているから、話を聞いてみないか。」ということを言っていました。金野さんについては、武井さんから、表では掃除の仕事をしているが、裏では地主のなりすまし派遣の元締めをやっているということを聞いていました〉

 ドラマ『地面師たち』では、なりすまし役のキャスティング担当・麗子を小池栄子が演じていますが、実際の積水ハウス地面師事件でその役割を担っていたのは、当時70代半ばの金野こと秋葉紘子でした。

〈その後、私は、金野さんの話を聞くために、池袋の喫茶店に武井さんと一緒に行きました。その喫茶店には金野さんだけでなく、カトウさん(のちに逮捕される岡本吉弘の偽名)も来ていました〉

 その場で、羽毛田は「土地の地主の代わりに土地を売る」ことが仕事で、報酬として100万円を提示されています。

〈私は100万円という報酬に魅力を感じたことなどから、そのようなことが自分にできるのかという迷いはありましたが、その仕事を引き受けることに決め、カトウさんと金野さんに伝えました〉

 すると、カトウがかばんのなかからおもむろに取り出したのは、海喜館の女将の氏名、生年月日、住所などが記された書類や家系図でした。

〈カトウさんは、そのような書類を見せながら、私に海老澤さんに関する情報を説明し、海老澤さんの個人情報を記憶するように言いました〉

また、金野さんから、私の顔写真で海老澤さん名義のパスポートを使うということを言われ、証明写真を撮ってカトウさんか金野さんに渡しました〉

〈私は、金野さんから、私の顔写真の入った海老澤さん名義の偽造パスポートを見せられ、「このパスポートが、これからあなたの身分証明書になる。」と言われました。この偽造パスポートは、この後、様々な場面で本人確認のために使いましたが、一度も偽造と見破られることはなく、とてもよくできたものでした〉

偽造パスポートの次に、なりすまし役に必要なのは、海喜館の女将の「印鑑」です。17年1月19日、羽毛田は秋葉とともに品川区役所に出向き、偽造パスポートを身分証明書として使い、印鑑の改印手続きを行ったうえで印鑑証明書の交付を受けていまし。

 なりすまし役としての準備が整ったところで、地面師グループが最初のターゲットに据えたのは、「中共人の社長」であり、初めにを見破ったのも中共人社長でした。

〈弁護士の事務所で中国人の社長と会ったことがありました。(略)海老澤さんの不動産の買い手という立場でしたが、面談の際には、私のことを海老澤さんのなりすましであることを疑っていました〉

〈(中国人の社長は)自宅で本人確認する必要性が一般的なんですけど、今回何で弁護士事務所でやるんですかね。詐欺とかの案件、詐欺とか事件が多いので、(略)それで、基本、ルールとして本人確認、自宅でやることになってるんですね。と発言しています〉

 結局、中共人の社長は羽毛田の正体を見破り、難を逃れました。それから間もなく、あらたなターゲットとして浮上したのが積水ハウスだったのです。

〈(2017年4月20日、新宿の)セキスイハウスの入っているビルに着くと、私と小山さん(フィリピン逃亡後に逮捕された、カミンスカス操)だけがビルに入りました。(略)会議室でセキスイハウスの担当者である小田さんと初めて会いました〉

 カミンスカス操とは、積水ハウス地面師事件の首謀者の一人です。

〈その他生田剛さん(のちに逮捕)、近藤久美さん(同)、男性と女性の司法書士の先生がいました〉

〈この日の交渉では、4月3日に海老澤さんと生田さんの会社との間で結ばれた売買契約を4月24日に解除し、それと同時に近藤さんの会社との間で売買契約を結び直す。その後、海老澤さんの不動産に仮登記をするという話がありました。(略)セキスイハウスの方から契約書の案が示されましたが、(略)いきなりできるものではないと思いますので、セキスイハウスと生田さんたちが協議して作成したものだと思います〉

 つまり、積水ハウスはなりすまし役にさえ面会もせずに、売買協議を着々と進めていたのでした。

 4日後の4月24日、羽毛田が契約書などに次々と署名押印し、海喜館に「売買予約」の仮登記が設定されました。それと引き換えに、積水ハウスは手付金12億円分の預金小切手を振り出しています。さらに、1カ月後、積水ハウスによる海喜館の「内覧」が実施されました。ところが、羽毛田はボロを出しそうだからと、体調不良を理由に欠席する有り様でした。

 折しも、その時期、積水ハウスには怪文書が送りつけられていました。差出人は「海老澤佐妃子」で、「不動産を売るつもりはなく、4月24日の仮登記は無効」と書き記されていました。

 それについて、羽毛田は次のように供述しています。

〈(5月23日、不動産売買の立会人である)栃木弁護士の事務所には、私、小山さん、栃木弁護士のほか、生田さん、近藤さん、(略)「取締役」だったような記憶ですが、積水ハウスの偉い人も来ていたと記憶しています。そして、事務所の中では怪文書のことなどが話題に上りました〉

 そのときに、積水ハウスの「偉い人」は羽毛田に対し、怪文書を出していないことの証拠として、「自分が書いたものではない」との書面にサインを要求しています。

 怪しさ満点なのは間違いないにもかかわらず、売買協議はそのまま続行されました。

〈(5月31日、栃木弁護士の事務所で)登記に必要な書類の作成が行われました。私は海老澤さんになりすまし、書類に海老澤さんの名前を書いたり海老澤さんの印鑑を押しました。(略)書類には、干支に○を付けるところをありますが、私は「酉」に○を付けた後、司法書士に誤りを指摘されて、「申」に訂正しました〉

 なんと、干支を間違えるという失態を犯しても、なおもなりすまし役としての化けの皮は剥がれなかったのです。

 その翌日、積水ハウスの入居する新宿のビルで、「本契約」が締結されました。

〈私は、小山さんと一緒に集合場所の会議室に行きました。(略)すぐに、登記申請が受理されたとの連絡が入りました。その後、積水ハウスが海老澤さんの土地の代金として支払う預金小切手の確認が行われました。(略)預金小切手は(積水ハウスの)小田さんから生田さんに渡され、生田さんが自分の取り分の小切手をとって、栃木弁護士に渡し、栃木弁護士から私に渡されたと思います。その後、すぐに私は、隣に座っていた小山さんに全ての預金小切手を渡しました〉

 積水ハウスが55億円もの大金を騙し取られた瞬間でした。

 ほどなく、海喜館の真の所有者が判明し、詐欺であることが発覚したのです。最終的に、地面師グループ17人の手が後ろに回りました。しかし、預金小切手は複雑な経路を辿って換金されたと見られ、もはや回収は不可能になってしまいました。

 19年7月、羽毛田は東京地裁で懲役7年の求刑に対し、懲役4年の判決を言い渡されました。彼女は死別した夫との間に6人の子どもを持つ身でした。金欲しさからなりすまし役を引き受け、手にした報酬はわずか100万円でした。華麗でドラマチックに大金をせしめることもなく、地面師の女は実に割の合わない商売と言えます。