令和のコメ騒動 備蓄米は?
「令和のコメ騒動」と言われる状況が、2024年の8月から続いています。9月中旬になってスーパーの店頭などにはコメが並ぶようになったものの、コメ不足は一時、大きな社会問題となりました。そしてこの間、注目を集めたのが「政府備蓄米」です。これはどのような制度で、どう運用されているのか知る必要があります。また、国家備蓄はコメだけではなく、小麦や飼料穀物、石油、天然ガス、レアメタルにもあり、日本の安全保障に欠かせない備蓄事情があります。
店頭でのコメ不足に解消の兆しが見えてきた9月6日、坂本農林水産大臣は会見で「すでに大手の卸売業者からは昨年の同時期以上の供給が行われている」と言及しました。そのうえで一部地域では依然として品不足が解消されていない事実を認め、集荷業者や卸売業者に対し、一層の対応を行うよう要請したことを明らかにしました。
この間、農水省が一貫して強調していたのは、「コメの民間流通が基本」という姿勢です。8月26日には大阪府の吉村洋文知事が「政府備蓄米」の放出を要請しましたが、坂本農相は「民間流通が基本となっているコメの需給や価格に影響を与える恐れがある。かなりのことがない限りは慎重に考えなければいけない」(8月27日の記者会見)と強調しました。ということで吉村知事の要請に応じませんでしたが、知事ともあろう人物の知識不足にはあきれます。
コメなどの食料備蓄が注目を集めたのは、令和で初めてではありません。令和初の“危機”は、2022年にやってきました。同年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻によって穀物生産地のウクライナが戦場となり、世界的な食料不足が懸念されました。食料の大半を輸入に頼る日本でもこのとき、「食料安全保障を整備・強化しなければならない」との意見が強まりました。
日本の食料備蓄の仕組みについて解説します。
日本の食料備蓄は国家政策として展開されています。根拠となるのは「農政の憲法」と呼ばれる食料・農業・農村基本法です。その第2条2項は、次のように規定されています。
「国民に対する食料の安定的な供給については、世界の食料の需給及び貿易が不安定な要素を有していることにかんがみ、国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと輸入及び備蓄とを適切に組み合わせて行わなければならない」
つまり、「国内の農産品生産の増大」「輸入」「備蓄」の3本柱を適切に組み合わせながら、食料の安定供給を果たしていくという内容です。このうち農産物の備蓄は、コメと外国産の食用小麦、トウモロコシなどの飼料用穀物が対象です。備蓄量の目安は次の通りです。
政府備蓄米の制度は1993年に起きた「平成のコメ騒動」をきっかけとして生まれました。この年、日本は深刻な米不足に陥りました。生産量は前年より4分の1も落ち込み、979万3000トンでした。同年のコメ作況指数は74という「著しい不良」だったのです。80年ぶりの大冷夏が原因とされました。そのうえ、前年までの不作によって在庫量も少なくなっており、店頭からコメが消えました。
政府は外国からの緊急輸入で急場をしのごうとしましたが、日本人の口に合うコメを作っていた国はほとんどありません。中共(108万トン)やタイ(77万トン)、米国(55万トン)など各国から輸入したコメの多くは、長粒のインディカ米でした。消費者からは「まずい」「炊飯器でちゃんと炊けない」などと不評の声が止まらず、結局、90万トン以上が売れ残ってしまいました。そして、これを教訓として政府備蓄米の制度を採り入れることになりました。
政府備蓄米の「100万トン備蓄」という指針は、10年に1度という極度の不作、または2年連続で通常レベルの不作が続いた場合に乗り切ることができる量とされています。「コメは民間流通が基本。かなりのことがない限り、政府備蓄米は供出しない」(農林水産省)とされていますが、過去に供出例がなかったわけではありません。
1つは2011年3月の東日本大震災の時でした。コメどころの東北が甚大な被害を受けたことなどからコメ不足が顕著になり、4万トン余りが供出されました。また、2016年の熊本地震の際にも政府備蓄米は取り崩されています。
政府は毎年、20万トンを買い入れ、保管期限の5年が経過したコメは主に飼料用として売却します。毎年、少しずつ入れ替える「棚上げ備蓄方式」を採用しています。
そのコストですが、農林水産省の資料によると、2021年度には備蓄米の保管などにかかった費用は約113億円です。さらに、当年分の買い入れ価格と保管期限の到来したコメの売却価格との損益がマイナス337億円です。合わせて490億円の経費を使った計算でした。
現行の「100万トン」という備蓄量が決まったのは2001年です。当時のコメ消費量は日本全体で約900万トンでしたが、現在は700万トン程度に減少しています。このため、過去に何度も「年間500億円前後の国費を投入して100万トンも備蓄する必要があるのか」という議論が沸き起こりました。
一方海外では安全保障戦略の重要項目として食料備蓄を重視する傾向が強まっています。日本では依然として減反政策(政府の補助金などによりコメ作りを意図的に減少させる政策)を継続していますが、中共では2024年6月、食料安全保障法が成立しました。基本的には自国の農産物で14億人の人口を賄う方針を打ち出しました。またこれと並行し、国際市場でも積極的に食料を買い付けており、潤沢な食糧備蓄を進めているのです。
スイスでは2017年に「食料安保」を盛り込んだ憲法改正が実現し、政府と契約した民間企業が小麦やコメ、砂糖、油などの備蓄を進めています。北欧のフィンランドやデンマークも輸入経路が途絶えることなどを念頭に備蓄を強化しています。国土の6割が砂漠であるにもかかわらず、食料自給率が90%以上というイスラエルのように、各国は「食料確保は重要な安全保障」とみなし、長期的視野で食料確保に注力しています。
日本が進める国家備蓄は食糧だけではありません。石油や液化石油ガス(LPガス)、レアメタルなどの戦略物資もその対象です。
石油備蓄は1970年代に2度にわたって起きたオイルショック(石油危機)を教訓として、輸入不足に陥った際の非常用としてスタートしました。
現在の制度では、日本政府が保有する「国家備蓄」、石油備蓄法で民間の石油精製企業に保有を義務付けた「民間備蓄」、サウジアラビアとクウェートとの間で実施される「産油国共同備蓄」の3種類で構成されています。
経済産業省・資源エネルギー庁の資料によると、それらの備蓄の総量は2023年8月末現在、合計で236日分、5714万キロリットルに達します。国家備蓄用の基地は「苫小牧東部」(北海道)や志布志(鹿児島県)など全国に10カ所あり、民間備蓄基地は北海道や茨城県、沖縄県などの10カ所です。
LPガスも石油備蓄法によって保管方法などが定められています。2023年8月末現在、国家備蓄は53日分、民間備蓄は73日分。備蓄総量は344万トンです。これら石油とLPガスの備蓄関連予算は、2023年度で1280億円に達しました。
一方、蓄電池などの材料となるレアメタルについても、日本政府は備蓄を進めています。レアメタルはレアアースやコバルト、バナジウム、クロムなど希少金属34種の総称で、電気自動車(EV)や通信機器の製造に欠かせません。とくにEVの普及が急速に進んでいることから、国際市場でのレアメタル不足は確実視されています。
このため、日本政府は国内の基本消費量の60日分(国家備蓄42日分、民間備蓄18日分)を目標として、各レアメタルの備蓄を進めていました。しかし、レアメタルはもともと産出量が少ないため、産出国は特定の国に偏在しています。例えば、リチウムイオン電池に使用されるコバルト鉱石の63%はコンゴ民主共和国で産出。また、中共はタングステンの95%、蛍石の63%を占有するなどしています。
こうしたことから、日本政府は2020年3月末に策定した新国際資源戦略で備蓄内容の見直しを進め、種類によっては備蓄量を180日分程度に増やすなどの目標を打ち立てたのです。
食料にしてもエネルギーやレアメタルにしても、日本は「持たざる国」です。例えば、コメについては、このまま減反政策を継続して果たして安定的に確保できるのかどうか大問題です。
農政や資源エネルギー政策も外交・安保戦略の一環として確立させないと、中共の台頭といった国際環境の変化のなかで大きな痛手を受けることになるかもしれません。